① いろんな点でデジタルオーディオに利点があるとしても、魔法ではありませんから、芸術性の低い音源を芸術性の高いものに変えることなど出来ないのは当然です。
それはアナログであっても同じでしょう。
要は、技術的なメリットが、”より元の音(情報)に近いものを、無理なく再生できる形で提供する”ことに貢献しているということです。言い換えれば、素直に(忠実に)元の情報を再現させる”ポテンシャル”をデジタルオーディオ(PCオーディオを含めて)は持っています。
したがって、フルトヴェングラーのルツェルン版の第九にしても、元の音源(マスターテープなど)が良い状態で残っていたとして、それを腕のいい技術者が、デジタルにリマスターすれば(変な色づけをしないで、[これはデジタル、アナログに関わらずですが])、それが持つ高い芸術性をデジタルオーディオが高いレベルで、より簡便に再生できる可能性があると思います。
なおここで、”可能性”とわざわざ断ったのは、その音源を生かすも殺すもオーディオ再生環境次第(デジタルからアナログに変換した後からスピーカーまで)だからです。これは従来のオーディオと共通します。
また”より簡便に”というと昔からのオーディオファンの中には、努力して(汗をかきかきして)、あるいは儀式を踏んでこそ初めていい音が出るんだと言う根性論、精神論を展開する方がおられますが、私にはなんだか方向性が違うと感じます。そのようなプラセボ効果を全く否定する訳ではありませんが、私は少なくともいい演奏に浸りたいのであって、オーディオはあくまでその手段です。手段と目的を取り違えることはしたくないと思っています。
② PCオーディオにおけるスピーカーの音質について。
スピーカーとそこに至るまでのシステムの相性という微妙な問題がクリアされていれば、よりよいスピーカーであればあるほど良い結果を生むのは、PCオーディオも従来のオーディオと変わりないと思います。
もしナジオンさんが感じるように、PCオーディオでスピーカーの品質が議論されることが少ないとすれば、そこに至るまでの再生のシステム中で、従来のオーディオとは異なる点(リッピング、DDC、DAC、ネットワーク、PCのOS、再生ソフトといったこと)に話がどうしても集中するためでしょう。なぜならまだ始まったばかりと言えるPCオーディオを一般のオーディオファイルの方々に認知してもらうために、雑誌などがあえて違う点を強調する傾向にあるためだと思います。