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2011年3月27日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月27日(火)20時38分44秒
  原子力を使用して発電をしなければ
お国が危うくなるそうです。
原発ゼロを標榜するのは「おめでたい」そうですが、
「懲りずに繰り返す」のもまた、
おめでたい事なのではないでしょうか?

産経抄 3月27日
 
 

Twitter やめました。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時37分27秒
  ズラリと並んだ路地の酒場のドア達も
開けずに通り過ぎれば単なる扉のままで、
意を決してエイッと開いてこそ、
実体と実感を伴った世界が表出する。

柄にもなく小鳥などに化けようと思ったのも
未知なるドアを押開けて、
未知なる世界を覗き見たい好奇心からで、
ただただ通り過ぎるだけでは限定的な世界しか広がらない、
と思ったからなのでした。

でも、やっぱりダメでした。
俺には向いていない世界でした。
そこは常連達の集う店で、
それでも一旦入った店だもの、どうにか馴染もうと、
あれこれ会話の努力もしたのですが、
重ねれば重ねる程、
言葉が摩耗してツルツルののっぺらぼうになるような気がして、
仕舞いには言葉に毒気が滲み出して来そうで、
次第に気分も口も重くなりました。

「もっとフォローしないと面白くないですよ」
という言葉に、それはとても親切な語りかけだったのですが、
その声に俄に酔いが覚めました。
俺は画面の中に「世の中」を求めていない。
画面を通して見ず知らずの人々とお話したり仲間になったり、
そういう事は好きではないのです。
俺は酒場では自分からは決して話しかけない。

サッと飲んで、サッパリと退出するのが酒場の極意。
長居は無用、を日頃から心掛けているのです。
もとより野の小鳥は気まぐれな生き物で、
気分次第であの枝この枝と飛び回り、
人間に媚びたり懐いたりはしないものです。

余談ですが、
昔、室内のカゴの中に小鳥を飼っていた事があります。
とても気の毒な事をしたと思っています。
自由に飛び回れる生き物をカゴの中に閉じ込める、
というのは間違っていた。
それでも時折カゴから出してやると、
手のひらに乗って来ては激しく噛み付いてくるその根性に
野の小鳥の意地を見るようで
何だか嬉しいようにも感じたものです。
そうだ!人間なんかに懐くなトリちゃん!
(「トリちゃん」とは小鳥の名前です)

とはいえ、折角フォローしてくださった皆さんには
なんだか悪い事をしたなあ、と思っています。
ぶっきらぼうに退出してしまってごめんなさいね。

正直、やめてサッパリしました。
どうにも四六時中、どこかと繋がっている感じがして、
大切にしている「孤独」が浸食されてゆくような気分でした。

何事もやってみなくては分からないものです。
良い経験になりました。

俺ならいつでもここにいる。
 

2011年3月14日の夕方~3月15日の朝

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時35分55秒
  ちょっとドン詰まってきたので、
お暇を頂いて久々に伊勢参り。
相変わらず早い時間にも関わらず大盛況の参拝客だったが、
運良く特等席(窓際)に捩じ込む事ができた。ツイテルぞ。
向かいの席の明らかに「アウトロー」な男が
無愛想な店員に腹を立てている。
「LV」の柄のベルトをしている。

人生の意味とか、その価値とか、
そういう事は他人が下す「相対的価値観」に委ねてはいけないのだ。
その決定権だけは自分自身で掴まえておく必要がある。
役に立てば「善」役に立たずば「悪」。
そんな風な価値観の押しつけを断固として拒否したい。
「公への働きかけ」は「個の確立」があって
はじめて意味を為すものだと思っている。
どんなに足が震えても俺は俺として佇立し通してやるぞ。
(笑いたいヤツには笑わせておけばいいのだ)

伊勢参りで勢いづいて、
以前から行きたかった西荻窪の「千鳥」へ。
すんばらしい!なんで今まで来なかったんだろう!
シビレル渋さのカウンターの中にはキュートな女子が2名。
いい!客筋も完全に俺好み。BGMは当然(そう!当然!)、大相撲中継。
やっぱり俺は「真夜中の男」ではなく「夕方の男」なんだなあ。
コの字の向こう側の若い女性一人客は
手酌で銚子を三本。かっこいい。
オダッてちょっと長居しすぎました。
一つの店の滞在時間は1時間~1時間30分くらいがベストです。
それ以上居るとダレます。

その後、どこをどう歩き回ったのか、
帰宅すると風呂にも入らず、倒れ込むように寝てしまいました。
(多分、午後10時くらい)
起床すると身体が野良犬みたいな臭い。
ひとっ風呂浴びてサッパリしよう。
そしてアンプのスイッチを入れよう。

またぞろ、ギターをぶっ叩く日々の再開だ。
 

2012年3月11日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時32分37秒
  一年が経ちました。

結局、何も出来ず、何もしなかった俺は、
一年経った今日にも何一つ言うべき言葉を持っていません。
言葉を吐き出せば全てが薄っぺらく、軽く、その声は醜い。
それはそのまま俺の心を映し出しているようです。

失われたものは取り戻しようがない。
傷は癒えようもない。
一年経ったからといって区切りがつくものでもない。
そんな風に感じます。
それでも俺達は今日、ここにこうして生きています。
誰もが自分だけの荷を背負って、
震える足取りで歩みを進めなくてはならないのだと思います。

自分の狡さ、愚かさ、無力、を思い知った一年でした。
それでもやっぱり、
俺は俺の荷をしっかり背負って、
震える足取りで歩いて行こうと思います。
 

2012年3月7日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時30分28秒
  例えば一枚の絵画に、一節の歌に、一編の詩に、
心が激しく打たれる時、
それ等は「作者の意図」とは関わりなく、
「俺の人生の中」において燃え上がるのだと思う。
精一杯の作者の人生が、精一杯の俺の人生に、
何らかの炎を引火させるのです。

「希望」とか「生きてゆく力」というものは、
他者から与えられるものではなく、
自らの足で探し出し、自らの手で掴み取るものだと考えている。
故に、俺は「誰かに希望を与える」事を目的として
歌を作ったり歌ったりしたくない。

自分自身がギリギリに精一杯に生きて、
その実感を素朴に歌えば良い。
そう思っているのです。
 

2012年3月4日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時28分31秒
  前の晩、飲み過ぎて、一日中ぐったりと仰臥。
バカは死ななきゃ治らないのだろうか、やっぱり。

情けない事になった。
 

2012年2月27日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時26分20秒
  その全重量を一点に束ねて
のしかかってくる未明の空。
俺を圧殺しようというのか。
薄笑みを浮かべながら
白々と明けてゆく夜明けの空の
無言の脅迫。

おい!もっと本気だせよ!
そんな程度では俺は殺せないぞ!

もっとガッツリ来い。

そして俺に
抗う血流のビートと
沸騰する涙の歌をくれ。
 

2012年2月16日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時23分22秒
  よく「悔いのないように」という言葉を耳にするけれども、
後悔を予防する事は出来ない。気付いた時には既に手遅れだ。

必要なのは、
百万回後悔してもその都度再生する図太さだ。
後悔を胃液で溶かしてエネルギーに変換する。
人間の底力はそこにある。
 

2012年2月14日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時19分42秒
  「俺は俺だ!」という事は即ち、
俺は俺以上であっても俺以下であってもいけないという事で、
俺を俺以上に高く見せかける事があってはならないし、
俺以下に卑下していじける事もあってはならない。
俺が現実において低い時、
その低さの全てを引き受けたまま平然と佇立するという事が、
「俺は俺だ!」を貫くための唯一にして絶対の掟だという事を
ゆめゆめ忘れるな俺。
 

2012年2月8日の夜

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時17分6秒
  賛成だ。諸手を上げて賛成だ。
その通り!異議ナシ!

ただ俺は安心とか安全とか、
そういったものを全く信用しないで生きている。
その時が来れば、その時はその時だ、
と、思っている。
極めて無責任に
半ば捨て鉢のヤケッパチみたいな気分で生きている。
だから社会的には
有害でこそあれ、有益な人間では決してない。

有益  無益  無害  有害

ああ、しかし、屋根と壁!
暖房と食料!

自由!
 

2012年2月8日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時12分24秒
  今日、
言いたい事はない。
言うべき事もない。

何もない。
 

2012年2月2日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時08分35秒
  説明の出来るもの、というのは「頭で考えている領域」で、
俺の求めているものは、
「魂の闇の底の領域」から湧き出してくるものであって欲しいのだ。
本当に大事な感覚というのは何時だって説明出来た事がないし、
説明が出来得るうちはまだまだダメなんだ、と思っている。

俺の中で死ね。
そして俺の中でもう一度、甦れ。
そうして生まれたものだけが、
真実の輝きを放つはずなんだ。
 

2012年1月26日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時05分12秒
  本当に大切な事は 、
本物の輝きを持つ何かは、
常に、必ず、
孤独の底にある。
 

2012年1月23日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)22時02分11秒
  吐き出される言葉がとても軽い。
それは「軽妙」という意味合いではなく、
「空虚」という意味合いにおいて絶望的に軽い。
軽いから、次から次へと言葉を重ねて、
重ねれば重ねる分量だけ、より一層軽くなるから、
遂にはまるで意味を為さない記号のようになり
故郷の粉雪みたいに風に飛ばされて、
その行方が分からなくなってしまった。

言葉を取り戻す為には
言葉を捨てる事が必要なのかもしれない。

捨て切った場所から、
その雪原のような場所から
不意に、しかし、ゆっくりと、湧き出すもの。
それが言葉と呼べるようなものなのかもしれない。
あるいは言葉とは呼べないものなのもかもしれない。

百万語費やして、遂に言い得なかった「何か」を、
一瞬の光の明滅が、一瞬の表情の変化が、
全て言い尽くす事も、確かに、ある。
 

2012年1月19日 逗子

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)21時55分53秒
  詩は感情ではない。経験なのだ。
と、今、読んでいる本に書いてある。
一編の詩のためには多くの日々の場面が必要なのだ、と。
膨大な経験の底から最初の一行が生まれるのだ、と。

何かが閉じてしまっている。
感情なのか、感性なのか、
何かが閉じてしまって、
酸欠のような状態になっているように感じる。

だから忍法電車移動の術で海沿いの街へ。
素描の素晴らしい画家の「詩」を胃袋に詰め込んで、
駅前の立ち飲み屋でそれに火を注ぐ。

ハシゴして飛び込んだ店に貼り出されたメニューには
値段が書かれていない。
しまった!やってまったか!と、一瞬怯んだけれど、
店のご主人やおかみさんの様子と、
俺好みの客層(即ちオジイハン)を信じる事にしたのです。
勘定の時、少し緊張したけれども、結果は良好。
オッケー!酒場に関してはまだまだ鼻が利くぞ。

知らない街をフラフラと彷徨うのはイイものだ。
もっともっと多くの路地を無意味に彷徨いたい。
そして、その果てにある一編の詩に出会いたい。

旅は続く。
 

2012年1月11日の備忘メモ。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)21時52分39秒
  歌なき所に歌を。
音楽なき所に音楽を。
 

2012年1月10日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)21時51分17秒
  隆の山ガンバレ。  

2012年1月6日朝。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 3月17日(土)21時48分33秒
  新年も最初の一週間が過ぎようとしいる。
元日から特に代わり映えのしない平常営業で、
大酒喰らうのもいつもの事ではあるのだが、
その酒も遂には飲みくたびれて、
昨夜は酒も飲まずに早寝をした次第。
取り立てた理由もないのに、夜、酒を飲まないなんて事は、
ここ数年来、なかった事だ。
今朝はなんだか妙に健康になったような心持ちで、
まあ、そんな訳ぁないのだろうけれども、
とにかく、そんな気持ちになって、
得をしたようなつもりになっているのです。

去年の暮れに早々に入手しておいた日めくりを元旦にめくると、
思っていたものとは別のメーカーのもので、
日付の下に書き添えられている格言というのか、名言というのか、
そういった文言が好みのものでない。
それでも五日間我慢してめくり続けたのだが、
五日目にとうとう新しいものを買い直してしまった。
同じく前年中に高尾山で購入した「円満日めくり」と合わせて、
我家には三つも日めくりがぶら下がっている。
いっそ破棄しようとも思ったのだけれど、
五日しかめくっていないものを捨てるのも忍びなかったのです。

毎朝、三つの日めくりをめくる年になってしまった。
なんだかおかしな事になった。
 

2012年1月2日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 1月 5日(木)20時36分28秒
  新井薬師参道『橘』にて。
ワンカップ熱燗と日本髪。
 

2012年元日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 1月 5日(木)20時34分18秒
  元日から平常営業。
おみくじは引きませんでした。
 

2011年12月31日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 1月 5日(木)20時33分16秒
  今年も残すところ、あと少し。
大晦日の今日もいつも通り、いつもの道を、
いつもの時間に歩く。

年若い頃には大晦日は一大イベントで、
何としてでも特別に盛り上がりたいものだったけれど、
今となっては静かに年を越すのが一番良い、
という風になりました。

ああ、大晦日は演歌に限る。
テレビでは森進一が「襟裳岬」を歌っている。
ひとっ風呂浴びて、一杯やろう。

何でもない、普通の時間が、最も大切なものだ。
という事を骨身に沁みて思い知らされた一年だったと思う。

静かに盃を傾けながら、夜明けを待つ。
 

2011年12月30日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2012年 1月 5日(木)20時31分56秒
  海浜幕張駅から超満員の各駅停車に乗って
這うように帰ってきた。
思いの外、長旅だったなー。

今年最後のプレイは
最後の最後に
二台ある内の片方のアンプが鳴らなくなって、
やり場のない悔しさの残る結果になってしまった。
精一杯、歌ったんだがなあ。
まあ、これが俺の実力だ。
今更どうにもなるものでもない。
上手くいかない時は素直に苦しむしかない。

虚ろな気分でフラフラと夜道を帰って、
バックステージには無かった清酒を飲んでいる。
気付けば日付も変わって、今年もあと一日。

消えてなくなりたい気分を
清酒諸共、丸呑みだ。

明日は明日の風が吹くさ。
 

2011年12月29日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月30日(金)20時27分34秒
  求めているものと現状が正反対に乖離する瞬間、
目に映る全てのものが、聴こえくる全てのものが、
パサパサと軽い。

わーっとる。
だから俺にはギターと声が必要なのだ。

それだけが俺の「ちっぽけな斧」だ。
 

2011年12月25日の朝。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)14時00分25秒
  履き古したDr.Martensの8ホールが小さな玄関に脱ぎ捨てられている。
見飽きないディテールだなあ。カワイイなあ。
一瞥する俺は今朝もやっぱり二日酔いの虚ろな気分で、
ボンヤリと椅子に座ってコーヒーを飲んでいる。

昨夜のフラッシュバックが精神を蝕む。
久々に会う友人達との語らいにすっかり調子コイてしまった。
何か不快な発言をしなかったろうか?
と、記憶を手探りしているのだが、
「思い出せる部分」ではなく、
「思い出せない部分」に重大な過失が潜んでいるもので、
思い出せないからといって無かった事にはならないので、
二日酔いの朝はどんなに晴れていても巨大な闇に覆われているのだ。

吉祥寺キチム。
そんな事になるんでないかなあ、と思って、
やっぱりそんな事になって、二曲ほど歌う。
報酬はラフロイグとジェイムソン。
ポンコツ歌手の足元はいつでもグラッグラで、
ギターも歌もヘロッヘロ。
それでもギターを渡されれば、後には引けない哀れな性。
みなさん、大変お騒がせ致しました。
すみませんでした。
双子の美人姉妹に送り出されてフラフラと帰る。

街はキラキラと飾られていて、
行き交う人々もウキウキと楽しげな様子だったけれど、
何かのお祭りかなんかだったのかな?
 

2011年12月20日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)13時56分39秒
  午後の吉祥寺通りを歩いていたら、
コンクリート塀に噛み付いている小学生がいた。
「固い!固い!」
と楽しげな嬌声を上げていたのであった。
そりゃ固いだろうよ。コンクリートだからな。
そして、それは食い物じゃねえぞ、チビスケ。

しかし、お前のようなチビスケが
平成の時代にもいるって事が、
なんだかとても嬉しいような気持ちだよ、俺は。

道行きの足取りが少し軽くなったような気がした。
 

師走。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)13時53分22秒
  立ち止まるとうっかり絶望しそうになる。
だから立ち止まらずに歩く。
 

2011年12月4日の朝。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)13時48分28秒
  テーブルの上になみなみと満たされたウィスキーグラスが、
昨夜のままに放置されている。
ミスター大失敗の朝は実に爽やかでない。
砂を噛むように味気のない朝メシ。
そんな日の朝は何故かいつも晴れているのだった。

一人で勝負をかける時はいつでもイチかバチかの博打だ。
一つ裏返ると全てが裏目に出る。
昨夜はやる事なす事、全て裏だった。
週末の六本木の人波が歪む。
その中をまるで荻窪駅前を歩くようなフラフラとした足取りで縫うように歩く。
ああ、長い。なんで大江戸線の階段はこんなに長いのか。
まるで地獄の底に降りて行くような心持ちで地中深く潜って行く。

大失敗すると相当にハズい。
顔面が熱くなって顔でホルモン焼きが出来るくらいハズい。
だから人々は慎重に行動する。
ハズくない道を選んで歩くのは当然の事だ。
しかし、俺は「ミスター大失敗」なのだ。
何やってもハズい。立ってるだけでハズい。
だから恥は俺の基本的な属性だ。
そんなものをいちいちビビってたら何も始まらない。
全身で恥を受け止めて、
満身の力を込めて、
恥ずかしいような「何か」を叩き出したい。
失敗の芸は対価に値しないものだが、
失敗する人間の方が失敗しない人間よりオモロイ。
というのが俺の主観的な見解だ。
身の丈を飛び越えようとすれば誰だって大失敗する。
でも、その馬鹿げた試みには真実があるよ。
だから嘲笑は勲章だ。ブーイングは喝采だ。
人の子こぞりて足踏み鳴らせ!

恥を正当化しようとしている訳ではない。
どの角度から見ても恥は恥だ。
その等倍の恥を薄めずにストレートで飲み干してこそ、
ミスター大失敗の称号を得られるというものだ。
逃げるな。隠れるな。真っ正面から恥をかけ。
泣くな!ゲハゲハと笑え!

実を言えば俺はまだまだ「ミスター」の域まで達していない。
まだまだ芯が弱い。
もっとブッ太く失敗しなくてはならない。
俺の失敗はヒョロヒョロしてる。細い。
だから破壊力に乏しい。
これでは一軍には上がれん。
王選手は一本足打法を習得するために、
真剣の日本刀で素振りをしたそうだ。
俺も今日からギターで素振り一日五万回!

爽やかでない朝メシ。
それは生きてる実感の味わいだ。
反省はあるが、後悔はない。
 

2011年11月25日

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)13時41分16秒
  入口がある。
出口はない。
 

広島~帰京。

 投稿者:天沼メガネ節  投稿日:2011年12月25日(日)13時38分18秒
  飲んで歌って歌って飲んで。
這うようにして東京に帰ってきた。
京都の村田さん夫妻、岡山の村岡くん&藤田さん一家、広島の大月さん、
各地の関係者のみなさん、
そして誰より、来てくれて聴いてくれた君。
本当にありがとうございました。

広島のヲルガン座はとても個性の強い場所で、
入った瞬間に一発で好きになりました。
細かいトコまでいちいちカワイイ。素晴らしい。
水割りの割配分も完璧でした。ハハハ。

帰りに寄った広島駅の「第2麗ちゃん」ってお好み焼屋で
黙々とお好み焼を焼き続ける、少しふくよかな女性が、
だんだんと新垣結衣に見えて来て、
危うく惚れそうになりました。

新幹線に乗車して、
着席と同時に気を失うようにして眠ってしまい、
目が覚めると名古屋を通過していました。

良い旅でした。
 

岡山。

 投稿者:  投稿日:2011年12月25日(日)13時34分13秒
  三歩進んで二歩下がっても、
一歩進んで三歩下がっても、
進んでいても、戻っていても、
泣いていても、笑っていても、
人の子みな、立ち止まる事は許されていないから、

ズンズン歩いて、これでイイのだ!

朝食バイキングでおにぎり三つ!
クソッタレ!食い過ぎた!
だが、これでイイのだ!

朝の憂鬱は旅の華。
走れ俺!
行くぜ!広島!
 

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